私に影響を与えた本 : 『生物と無生物のあいだ』

ライター名:やまぐちたかこ
プラチナライター歴:2年

「かたい」建築と「やわらかい」生物

20世紀の建築思想を振り返ると、1960年代には当時の日本の建築家・都市計画家たちが生み出した画期的な建築の考え方がありました。建築を生命のように考える「メタボリズム」という思想です。メタボリズムという用語は、もともと生物学の用語で「新陳代謝」を意味します。近代の建築は工業材料で作られるため「かたい」存在です。鉄やガラスやコンクリートが素材なので、無生物のかたまりのようなものといえます。一旦作られたらその形のまま使われ、耐用年数がくれば解体されるのです。

これに対して、生き物は「やわらかい」存在です。たとえば、人間の胎児はその90%が水でできています。成人でも60%は水です。人間を含む動物だけでなく、植物も同じです。命ある生き物は水を含んでいます。水にはもともと色も形もありません。たまたま寒ければ氷になり、暖かければ水になり、暑ければ水蒸気になるだけです。環境にやわらかく適応して自在に形を変えていきます。メタボリズムは、このような「やわらかい」生物の持つ特質を「かたい」建築で実現しようという思想だったのです。

失敗したメタボリズム

メタボリズムの主張する建築の新陳代謝は、具体的には部分的な交換可能性として実装されていきました。たとえば、集合住宅は生物の背骨とそこから伸びる肋骨の関係のように、巨大な柱や厚い壁に差し込まれたような居住空間として設計され、そのいくつかは実現したのです。建築家の考えでは、柱や壁は動線として残り続けるけれど、居住空間は耐用年数(つまり、寿命)が来たら新しいものに取り替えられます。そして、建物の部分は更新しつつ、全体としては残る、つまり新陳代謝するという考え方だったのです。しかし、実際に建てられたほとんどのメタボリズム建築は新陳代謝せずに、そのまま解体されていきました。

生命の理解が間違っていた?

なぜ新陳代謝しなかったのか。この疑問にヒントを与えてくれたのが、ここに紹介する『生物と無生物のあいだ』です。著者の福岡伸一氏は分子生物学者で、生命とは何かという問題についての深い考察を持ついくつかの著作があります。福岡氏は、この本の中で20世紀までの生命の理解とは異なる、新しい生命観を提示するのです。生命とは「絶えざる流れ」であると。この生命観から、メタボリズムを振り返ったとき、生命に対する理解が間違っていたことに気付きました。何かの部分を取り替えられることが生命的な可能性という前提だったのですが、それ自体が誤った生命理解だったことがわかったのです。

新しい生命観に向かって

このような「気付き」は、新しい世代の建築家の作品にも生かされるようになってきています。また、生命を絶えざる流れと見る考え方は、建築を含む文化的活動の領域だけにとどまらず、組織論などでもその有効性を評価する意見が増えてきているのです。新しい時代の「やわらかい」ものの考え方に触れてみたい方には、ぜひおすすめしたい一冊です。

こぶたからのひとこと

>このような「やわらかい」生物の持つ特質を「かたい」建築で実現しようという思想
面白いね~。建築にも思想があるんだね!
生命とは何か?突き詰めて考えていくと…壮大すぎて分かんなくなっていく~

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